先日、長薬同窓会関東支部より頂戴した会報第39号をぱらぱらとめくっておりましたところ、「若手の会」という文字が目にとまり読ませていただきました。支部の中でも大きな関東支部や近畿支部は立派な会報を毎年発行していらっしゃいます。少人数の支部でも定期・不定期で支部の会報を発行しているところもあると思います。今回は一つ、表題の「関東若手の会発足」の記事を紹介したいと思います。もしかすると全国に散らばる同窓生の中では、このような会の存在は、規模の大小はあるにせよごくごくありふれた集まりであるのかも知れません。小さな集まりが同窓会の大きな推進力になるのではと思います。
今後も楽しい会をたくさん企画してください。森川さん、鈴木さん、永川さんを応援します。関東若手の会には、一応40代以下という制限があるようですが、若手の厳密な定義というのはないはずです。ご自身が若手と思っている内は若手でしょう。あとは交渉次第です。
今回は関東支部会報の記事を一つ紹介しますが、長薬同窓会ホームページで取り上げて欲しい情報、記事などがございましたら事務局の方にご相談ください。不定期ですが、各支部の様子も紹介していきます。
———-以下引用————
「関東若手の会」発足
鈴木 秀明(平成14年卒)
2008年12月、東京駅近くの居酒屋にて長薬同窓生の集まりがありました。「関東若手の会」とは銘打ちましたが、会社の先輩である長尾さん(昭和61年卒)、緒方さん(平成元年卒)と後輩の永川君(平成18年卒)、また長粟野球部の先輩で現在東京在住の森川さん(平成2年卒)と新宿で飲んでいる際に「あの人はどうしているのかな?」とか「あいつは学生時代こんなやつだった」など、とてもおもしろい話が飛び交う中で、「一度どれぐらい集まるか近い年代に声をかけてみよう」という話になったのが発端です。当初の予想では10人前後でも集まればと考えていましたが、長尾さん、緒方さん、森川さんの近い年代の先輩方が多数参加してくださり、最終的には30名前後の大きな会になりました。
会当日は発起人の長尾さんの挨拶から始まり、その後は各テーブルでの歓談、談笑を経て最後は全員での校歌斉唱と、大盛況の中で会を締めくくることができました。私にとってはほとんど初対面の先輩方ばかりで、それぞれが製薬会社、病院、薬局、大学等と活躍の場も多岐に渡っておられました。普段はあまり耳にする機会がない様々な職場の話をざっくばらんに伺うことができ、医薬関連の情報交換・共有という観点においても、とても有意義で楽しい時間を過ごすことができました。これも時期に違いはあれど”同じ釜の飯を食った間柄”という連帯感があったればこそだと思います。先輩方の中には卒業以来の再会という方々も多く、さまざまを昔話に花が咲いている様子を見て、会を開催して良かったなという気持ちで一杯になりました。
私自身、平成16年に大学院を修了後、製薬会社に勤めて今年で6年目。6年と言えば長崎にて学生生活を過ごした年月と同じになりました。いろいろな事がありましたが、月日はあっと言う間に流れていくものだと最近よく感じます。ただ、大学時代にあの教室で、あの研究室で、あの談話室で、あの居酒屋で、あるいはあの集会所で、ともに学び過ごした友人関係は何年経っても変わらないものだなと、今回の「若手の会」の先輩方の楽しそうな姿を通して改めて感じました次第です。色々な思い出を共有していることの素晴らしさを肌で感じられる、あるいは昨日のことのように蘇えってしまうひとときこそが、このような会の一番の醍醐味であると思います。
ところで、この会につきましては、開催から既に1年が過ぎようとしておりますが、昨年の参加者はもとより都合がつかず出席できなかった方々からも「今年はどうする?」といった声をあちこちよりいただいております。そこで、関東近辺にお住いの長英同窓生、特に若い世代の方々にとっての新たな親交の場となるよう、この「若手の会」を今後も開催していこうという話が進んでおり、次回開催は2010年2月6日(土)17時からの予定です(場所未定ですが東京駅付近を予定)。
ただし、参加資格は(一応)若手ですので、年齢40代以下とします。この会報が流れる頃には既に前回参加の方々へは次回開催案内メールが届いているかと思います。また、ご参加希望の方は各年代で幹事を配しておりますので、40代の方は森川さん、30代の方は私(鈴木秀明)、20代の方は永川君まで是非ともご一報ください。
この会は一律にご案内し画一的に開催していく類の会ではなく、「面白い会だから行こうよ」「あいつらに会えるから行こうぜ」というような自主性や口コミを重視した新しいタイプの会を目指しています。皆様にお会いできるのを楽しみにお待ちしております。



一番上の写真を見てもおわかりのように、雑草の量も少なく40分ほどできれいになり、11名そろっての記念撮影で終了としました。とはいうものの、鎌やはさみを使ってのかがみながらの作業は、慣れない者には結構大変で、麻生、松本、峰の小野島会メンバーである大先輩方に大活躍していただいてしまいました。申し訳ありませんでしたといいますか、ありがとうございました。食事の時の話でも話題になりましたが、小野島会のメンバーの方々の年代が一番お元気だという印象です。「よく歩いたし」とは麻生先生の弁ですが、見習うべきことは多々ありそうです。
その後は後片付けをして、諫早市内のうなぎ屋に移動し、昨年に引き続き、小野島会メンバーの3名からいろいろなお話をお聞きすることになりました。終戦後、佐賀市上多布施町の仮校舎で講義をしていた薬学専門部は、一時は九大に移るような話も出たようですが、昭和22年からは小野島の地に移ったという当時のお話から始まり、その前の原爆前後の話も含めてお聞きすることができました。昭和24年卒の麻生先生、松本先生たちが第一回目の国家試験を受験された年代だそうで、最初の問題が何だったかと言うことまで記憶に残っていらっしゃるようでした。昭和26年卒の峰先生からは、同級生である下村脩先生のお話もいくつかお聞きしました。下村先生は国家試験には合格したが、薬剤師免許の申請はしていないようだということです。また、ブドウ酒は日本薬局方に収載されている医薬品であるから昼間から飲んでいても・・・といった話も出ていました。お恥ずかしながら、局方など何年も見たことがありませんでしたので、ただただ「へぇ~」と感心するしかありませんでした。話は尽きず1時間を超えていろいろなお話を聞くことができました。なかなか全てをお伝えすることはできませんが、何かの形で残していかねばならないと感じます。機会がありましたら、また皆さんにもご披露できればと思います。












